三遊亭歌太郎 独占インタビュー(1)

ホワイト餃子に釣られて落語の道へ

― まずは、噺家さんになろうと思ったきっかけを教えてください。

 

二松学舎大学入学後、落研に入っちゃったんですね。騙されて入ったんですけど(笑)。それがスタートですね。餃子に釣られたんです。新入生歓迎式典というのがありまして。落研の先輩に「餃子好き?」って言われて。「ええ好きですけど」って言ったら「食べさせてあげるよ」と。同じ境遇の一年生が20人くらいいましたね。で、柏のホワイト餃子っていう有名な餃子屋さんがあって、そこの2階の座敷で。餃子がドバ!っと出てきて「みんな食べていいよー」って。一口食ったら「うん、食べたね!じゃあこれ書いて!」って入部届を差し出されまして(苦笑)。

 

― それまで落語は聞いていましたか?

 

まったく聴いたことがなかったです。テレビみてて、たまに見て「おじさんが一人でしゃべってんな~」くらいにしか思ってませんでした。全く興味を持ってなかったです。

 

― 落研に入ってからは、どうですか。

 

大学3年までいましたね。2年の終わりでやめて(正式に)入門しようと思ったんですよ。親に言ったら反対されましてね。「卒業しなさい」と。「ただし学費は4年分しか出さないからな」と。(じゃあ卒業できない状況作ればいいな)って思いまして(笑)。大学3年の間ひたすら授業出ないで、3年の終りにはもう見事4年では卒業できない状況になったので、「はい、辞めます。いいですね!」って状況になって。それで、入門しました。「勝手にしろ」って言われましたけどね。

 

― 2年の終わりでやめようと? それまで何があったんですか?

 

落研ですからね、覚えて喋るんですよね。なんか、それをやっているうちに(落語っておもしろいなあ)って思い初めまして。それが始まりですね。

 

― ちなみに名前は何ですか? 

 

うちの落研はですね、師弟制度があるんです。2年生以上の先輩が師匠になる、師匠が名前をつけるんですよ。私がもらったのは「市ヶ家 駐頓智(いちがや・ちゅうとんち)」っていう名前でした。

 

― 一緒に行餃子を食べた仲間20人は?

私が辞める時点で3人になりました。20人のうち、ほとんどが1年の時に辞めてます。

 

― どんなところがハマったのでしょう

一人で全部できるってことじゃないですかね。みんなで一つのものを作るというのが私は得意ではないので。団体行動とか得意じゃないです。だから一人でできるのはいいなっていうのはあったんだと思います。 

 

うちの師匠の落語って、面白さの方が目立つんですけど、実は上手い。上手さが面白さに隠れる。

― たくさん噺家さんがいる中で歌武蔵師匠(※)に弟子入りしようと思ったのは。

 

迷ったんですよね。志の輔師匠と迷って。大学3年で辞めてから半年位はどっちにしようか考えてましたね。最終的には(歌武蔵)師匠を選びましたけど。ただおもしろいじゃなくて、“上手くておもしろい”というのを求めていたんだと思います。うちの師匠の落語って、面白さの方が目立つんですけど、実は上手い。上手さが面白さに隠れる。そこが志の輔師匠とうちの師匠の共通点だと思っています。

 

三遊亭歌武蔵:さんゆうてい うたむさし。武蔵川部屋(元横綱三重ノ海)へ入門後、怪我の為廃業。それから三代目三遊亭圓歌師匠に入門したという異例の経歴に目を奪われがちですが、実は国立演芸場花形演芸会金賞・銀賞受賞など華々しい受賞歴を誇る実力派。

立川志の輔:古典落語を独自解釈で現代的な噺(エンターテイメント)へと展開させている人気落語家。第44回文化庁芸術祭賞演芸部門、第57回芸術選奨文部科学大臣賞 大衆演芸部門

 

― 歌武蔵師匠を最初に聴いたのはいつですか?

 

鈴本ですね。大学1年の時かな。うちの師匠が真打になってすぐ、あるいは数年後とか、そんなんじゃないですかね。そんときは小朝師匠プロデュースの番組で。師匠が「長短」をやってまして。それが、うちの師匠で聞いた初めてのネタですね。

 

※ 「長短」:気の長い長さんと、気の短かい短七。幼なじみで性格が正反対の二人が繰り広げる滑稽話。

 

― 私は歌武蔵師匠の「甲府ぃ」が好きです。仰るように上手さを感じました。

 

「甲府ぃ(※)」みたいな噺だとそうですよね。どうしても見た目とか、そっちばっかりに目がいっちゃうんですよね。お客様の層だけですね、うちの師匠が見てるのは。そん時の客層を見て、これは漫談だとなれば漫談です。客層と流れですね。それしか考えてないと思います。

 

※ 「甲府ぃ」:こうふい。甲府育ちの善吉。江戸に出てきて空腹の余り、とある豆腐屋の店先でオカラを盗み喰い。すると…。人情噺の大ネタ。

 

― 弟子入りは、いつ、どういうタイミングで?

 

大学3年で辞めて入門志願に初めて行ったのが鈴本。あれは「大銀座落語祭(※)」やってた時です。確か「海の日」だったかな。うちの師匠は海上自衛隊が好きで、海の日は海上自衛隊の制服を着るんですね(※)。鈴本に出ていて、その後「大銀座落語祭」に出るってわかっていたんで(時間がないだろうと思ったので)手紙を書いたんです。鈴本で高座を聞いて、その後、楽屋に行ってその手紙を渡して。そしたら、師匠が「ちょっと一緒に来なさい」と。タクシーに同乗させてもらって銀座まで。その車中でワリ(※)の封筒見せられたんですよ。「(寄席の高座に上がったギャラ)2日分でこれだ。開けてみろ」って。「いいか。お前。2日分でこれしかもらえないんだぞ。やめとけ」って。

 

大銀座落語祭:2004~2008年まで東京都中央区銀座界隈で開催された落語会。東西の所属団体、事務所関係なく、大勢の落語家が出演し大きな話題に。主催は「六人の会」:春風亭小朝笑福亭鶴瓶林家正蔵立川志の輔春風亭昇太柳家花緑

※ 歌武蔵師匠は1994(平成6)年、実際に海上自衛隊横須賀教育隊へ入隊し、横須賀教育隊練習員課程を修業しています。

※ ワリ:割り。寄席に出た芸人がもらう出演料(ギャラ)。その日のお客様の数によって金額が変わります。

 

― 生々しいですね

 

で、銀座ガスホールに着いて。一門会みたいな感じの会だったんですよ。楽屋にいたのは(柳家)さん喬師匠、(柳家)喬太郎師匠、(三遊亭)圓歌(三遊亭)歌司(※)、うちの師匠。そのとき楽屋働きしてたのが(春風亭)一之輔兄さん、(柳亭)こみち姉さんとか。で、師匠が、こみち姉さんに「悪いけど、こいつを袖に連れてって高座見さしてやってくれ」って。で、歌司師匠と、うちの師匠の高座を見たんです。

 

― はい

 

出番が終わると、うちの師匠は他の会場に移動。そうしたら楽屋口に泰葉さん(※)が来たんですよね。(春風亭)小朝師匠の元おかみさんですね。うちの師匠は小朝師匠とお付き合いがありますから。師匠は私に「君は、もうちょっとよく考えなさい」と言い残して、泰葉さんの運転する車に乗って次の会場へ行ってしまった。入門後に聞いた話ですが、その時、車中で泰葉さんが「あの子、弟子入り志願の子?採った方がいいよ」と言ってくれたんだそうです。泰葉さんの後押しがあったからこその、今ですね。感謝しています。

 

三遊亭圓歌:三代目三遊亭圓歌(えんか)。新大久保の駅員から落語界入り。戦後入門した落語家で真打第一号。現在、落語協会の最高顧問。勲四等旭日賞受賞者。

三遊亭歌司:うたじ。三代目三遊亭圓歌の弟子。妻は三代目江戸家猫八の長女。

泰葉:シンガーソングライター、タレント。初代林家三平の娘で、春風亭小朝の元妻。 

※ 春風亭小朝:五代目春風亭柳朝の弟子。36人抜きで真打昇進。キャッチフレーズは『横丁の若様』


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。歌太郎さんの素顔、そして本音。

 

三遊亭歌太郎 独占インタビュー(2)

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