柳家小太郎 独占インタビュー(4)

さん喬一門のカラーに馴染めないのではないか…

― さん喬一門は、どのような一門ですか?とっても仲良しな印象があります。

 

仰る通り、仲がいいですね。なんでもない時に、みんなで水族館行ったりしますしね、普通に。飲みに行ったりとか。兄弟子たちのおかげです。私が入った時が、もう9番目(の弟子)ですから、一門のカラーみたいのが出来上がっていました。最初は、その一門のカラーに自分は馴染めるんだろうかと不安でしたけど。全員言ってることが違ったりもするんですよ。全員タイプが違いますし。でも、それでいてみんなが仲がいい。そういう一門に入れたのはラッキーだったなと思います。今も自分の色は違うけれど、わかってもらいつつ、意見を聴いてもらえますし。ありがたいです。

 

― 小太郎さんに似ている兄弟弟子っていますか?

 

誰だろう。11人ですからね。この人、めちゃくちゃ似てるなって感じる人はいないですね。他の人から見てこの人は、この人はってのは、あるのかも知れませんけど。本当の兄弟でもそうじゃないですか。外から見てると似てても、深く知ってくると違う、みたいな。

 

― 同じころ入門した噺家さんは、どなたになりますか?

 

うちの協会で一番近いのは柳亭市江(りゅうてい いちえ ※)兄さんですかね。2ヶ月ちがい位でしょうか。完全同期はいません。

 

― 一門以外で仲のいい噺家さんは?

 

一番仲いいのは和助兄さん(※)じゃないかな。噺家じゃないけど。太神楽曲芸の翁家和助 (おきなや わすけ)兄さん。公私ともにお世話になっています。家も近いですし。2つ目になってから会を一緒にやってる人たちとも仲がいいですね。正太郎とか、一蔵とか、ほたる兄さん(※)とか。

 

― 今年からですか?小辰さんと会を始めたのは。

 

小辰(※)もね、仲がいいんですね。そもそも一緒にやろうぜ!みたいな話は前からあったんですよ。あいつが2つ目になった時やろうぜって言ったら「やだ」って断られたんですよ。なんだよ、この野郎~と思ってて(苦笑)。みんな違って、楽しいです。ひとりの会があって、二人会があって、寄席があって。だんだん自分目当てのお客さんの割合が減っていくわけじゃないですか。その過程が自分の中で楽しいですね。同じネタをやっていても、反応が違いますしね。

 

※ 柳亭市江:りゅうてい いちえ。柳亭市馬師匠のお弟子さん。

※ 翁家和助 :おきなや わすけ。太神楽曲芸「翁家社中」のメンバー。平成19度国立演芸場花形演芸大賞金賞受賞。

※ 春風亭正太郎:しゅんぷうていしょうたろう。春風亭正朝師匠のお弟子さん。

※ 春風亭一蔵:しゅんぷうていいちぞう。春風亭一朝師匠のお弟子さん。

※ 柳家ほたる:  柳家権太楼師匠のお弟子さん。

※ 入船亭小辰:いりふねていこたつ。入船亭扇辰師匠のお弟子さん。

 

行く先々の水(お客様)に合わねば。

― お客さんの反応って高座から、びんびんに感じるものですか?

 

びんびんに感じてます。あんまり気にし過ぎてもいけないと思うんですが、じゃあそれ以外で何を基準にするのかっていう、自分の中でも「ここ!」っていうチェックポイントがありまして。それ以外で反応がないっていうのも、別に気にはならないと思うんですけど、行く先々の水(お客様)に合わねばってところですかね。

 

行く先々で、その人たちに合うネタをチョイスして、合うネタをやってるわけですから、反応がなくてもいいってのは、噺家として、ちょっと恐ろしいことですよね。プロレス好きとしては。反応がないのは、やっぱおかしいんじゃねえかと。

 

― ご自身としては他の噺家さんとここが違うっていう特徴みたいなものは、どう思ってらっしゃいますか?

 

まだ、それほどのもんじゃないですよ。まだ、ぺーぺーの駆け出しですから。あれもこれもと自分で試して、ゆくゆくそういうもの(個性、他人との違い)が、自分で作るじゃなくて、周りの人から、「ここが違うね、個性だね」って言ってもらえるのが一番じゃないかと思います。そのために、今はこれとは決めずに、手を変え、品を変え、(なんでも)とりあえず身体を一回通してみようと思ってやっています。

 

― 噺家さんとして最も大切にしていること、ポリシーみたいなことは。

 

落語を嫌いにならないこと。私が入門して約十数年、その間に、少なからず辞めちゃった人はいます。辞めた人を見てますと、大体、落語を嫌いになってると感じます。こうやってインタビューに答えてる瞬間でも、「これ落語に使えそう」とか、「これをこうしたら面白いかも」とか、すぐ開けられる引き出しに落語が入っている状態でいたいなと思います。

 

― 落語に対して最近思うこと

 

怖くなってきましたね。前座の頃、師匠と二人きりになった時、(あの師匠ですら)高座に上がるのが怖いという話をしてくれたことがありました。そんな時に私は、師匠の家で掃除したり、怒られる日々でしたから、高座に上がるときは、もう楽しくて楽しくてしょうがなかったんです。やってみたかったことを、やってるわけですからね。だから「(今私は)楽しいっすよ!」と答えたら、「そりゃあいいな」なんてことを仰ってました。その怖さを今になって感じるんですよね。確かに、もう無邪気なだけではいられなくなってきましたよね。二つ目になってからですよ。怖さをひしひしと感じています。

 

― 怖い理由は?

 

やっぱり自分が傷つきたくないんでしょう。(高座でウケなくて)傷つくという状況が、はっきりとわかってきたんじゃないでしょうかね。前座の時は(ウケなくても)「自分にはいろいろな制約や制限があって、思うとおりにできないから、できないだけで、実はやったらすごいんだぞ、めちゃくちゃウケるんだぞ」なんて自分に言い訳を用意してましたし、自惚れてましたし。一応これでも、自分には無限の可能性があるつもりなんです。でも、そろそろそんなことも言ってられない感じになってきてるんじゃないかと。何かやらなきゃと思っている時に、できるかなあ…とか、これどうなのかなあ…とか不安を感じ始めてます。

 

― その不安はどうやって払拭するんですか?

 

高座に上がらないとダメなんじゃないですかね。経験が大事なんじゃないですかね、不安を減らすには。クオリティが高いからウケるとか、不安がないとか、そんなもんじゃないです。みんな(同じ噺を)一席だけ、がぁ~っとやったら、めちゃ上手くなるかっていったら、そんなもんじゃないですし。どんどん(高座に)上がることしかないんじゃないですかね。

 

― 大体一年に何高座くらい上がられるんですか?

 

これははっきりいって、貯金がいくらですか?みたいな話だからナイショです。師匠なんか年間千席くらいやってますよ。一席でも多くやってる人の方が、どんどん上手くなっていきます。ちょっとずつ。

 

― そういうのものですか。

 

そうですね。仕事なんて、黙ってたらなくなっちゃいますから。自分で作らないと。いろいろなやり方がありまして、例えば、営業みたいなことする人もいます。こういう会議室に居る時に中を見渡して、「(ここで落語会)できそうですね。やりましょうよ!」みたいに積極的に働きかける人もしますし、「こうこう、こういうのでチラシはこう作って」と、その手の作業をサクサク進める人もいます。一方、私みたいに、そういう働きかけが苦手なタイプもいます。自分なんかは、シコシコとネタを覚えて勉強会してを繰り返す、そっちの方が合ってるんじゃないかと思います。

 

もう無邪気なだけではいられなくなってきました。落語の怖さを今になって感じてるんですよ。