春風一刀 独占インタビュー(4)

きみは七番弟子だから、朝七(ちょうしち)ってのはどうだ?

 

― 朝七!

 

はい。「きみは七番弟子だから朝七(ちょうしち)ってのはどうだ?」と。それから何個か名前を書きだしてくれたんですが、それが全部「朝七」で(笑)。心の中では(僕は違うのがいいな)と。あんまり決まらないので、しばらく経った後、しびれを切らした師匠が「どうかな?朝七で?」

 

僕としては「朝太郎」が良かったんですよ。画数的にも。予め調べて、師匠の前座時代の名前が「朝太郎」ってのも知ってました。でも、敢えて「師匠の前座時代のお名前は?」と。「え?朝太郎だけど…その名前欲しいの?」「いえいえ、そんなつもりではありません」。そしたらそこでおかみさんですよ。「いいじゃない、その名前、あげちゃいなさいよ」って言ってくださいまして。師匠のおかみさんは、師匠以上に江戸っ子。トントントーンと進まないと嫌だったんでしょうね。

 

― なるほど

 

「最近入門した弟弟子が、師匠の前座時代の『朝太郎』って名前をもらったそうだ」という噂は兄弟子たちに、さぁーっと広まりまして。はじめて会う兄弟子たちには、ことごとく弄られました(苦笑)。「お前が師匠の前座時代の『朝太郎』って名前をもらった弟弟子か!」みたいな。

 

それからですね、名前の重さを感じ始めたのは。楽屋では「今度来る奴は、あの一朝師匠の前座時代の『朝太郎』って名前をもらった奴だ!(きっと、相当できる奴に違いない!)」みたいな空気なんですよ。ところが、やってきたのは僕で、まぁ、仕事ができないポンコツで・・・(苦笑)。

 

師匠のお付きのときは、隣を歩くのではなく、師匠の後ろを付いていくんです。ドラクエ(のパーティ)みたいに。ある時、師匠が急に振り返って「これから一之輔ってのに会うけど、根はやさしいいい奴だから」って言うんです(笑)。当時は意味がわからなくて。

 

で楽屋まで来ました。そしたら偶然、市弥兄さんが来てまして。僕、それまで実際に入門したことは何も伝えてなかったんですよ。驚いたのは兄さんのほうで「え?なに?なんでここにいるの?なに?なに?」って(笑)。「いやあの、一朝師匠に入門しました」「ええええーーー!!」「俺(との関係)のことは?」「もう、言っちゃいました」「勘弁してくれよ~~!」みたいな(笑)。楽屋にいた一之輔兄さんは「市弥、お前が裏で糸引いてんのか!」みたいな(爆笑)。もちろん冗談ですけどね。でも、迫力とオーラがあって怖かったですよ、一之輔兄さん。

 

ちなみに余談ですが、師匠としては「朝七」という名前がとっても気に入ってたようでして、その後、弟弟子が朝七の名前を実際にもらいました(十番弟子。春風亭朝七)。「俺、あの名前好きだからさ。誰かに付けたかったんだよ」と師匠は仰っていました(笑)。

 

これまで、辞めようと思った瞬間が二回あります。

 

― これまで辞めようと思ったことは?

 

あります!!。ありました!!。もう、まさに、楽屋入りした初日に思いました(大爆笑)。どっかで(落語家ってのは気楽な商売だろう)って高を括っていた部分が自分にあったんでしょうね。実際、楽屋で働いてみて(これは想像以上に厳しい世界だな…)と愕然としたのを覚えています。一日が長かったですね。

 

― 初高座の思い出は?

 

(林家)なな子(※)姉さんと飲んでて「お前、初高座はいつだ?」「はい、明日です」「そうか、じゃぁ、絶句しろ絶句(笑)」ってからかわれまして(笑)。そしたら翌日の初高座、本当に絶句しちゃいました(爆笑)

 

― あらららら

 

この時も、(もう落語家は向いていない。辞めよう)と思いました。過去、辞めようと思った瞬間は、この二回だけです。

 

― どんな状態だったのですか。よろしければ聞かせてください。

 

もう5分位で降りてきちゃいましたね。絶句したまま。その日の鈴本、その時間は、つばなれ(※)してなかったんですよ。誰も前座の噺なんか聞いてない。でも、急にしーんとなると、(ん?何が起きた?)って感じでお客さんがこっちに注目しだして、視線が急に集まりだしたもんで、ますますパニックから脱出できなくなっちゃいまして。「勉強し直して参ります…」と言い残して高座を降りるという。

 

15分の予定の前座が5分で、しかも泣きながら降りてきちゃったわけですから、次に上がる予定の(柳家)小んぶ(※)兄さんも大慌て。「え?もう降りてきちゃったの?」。まだ着替えてなくて(苦笑)。で急遽、(柳家)小はぜ兄さんが上がる、と。

 

それでも楽屋の前座の先輩たちからは「泣いてる場合じゃないよ。仕事して仕事!」。そりゃそうですよね。寄席は続いているわけですから。

 

一緒に前座時代を過ごした仲間からは「文楽師匠(※)のカタチだね~!王道だね~」とからかわれましたけどね。今だから笑い話にできますけど、もう、そんときは、最悪の気分と状態で…。

 

うちの師匠が(寄席に)出てた芝居なので、師匠もそのことを耳にしまして。楽屋で、たまたま、僕と師匠だけのときがありまして。「どうする?(今日で落語家)辞める?続ける?続けるなら続けるでよし。辞めてもよし。どうする?」って。僕は僕で、目を真っ赤にして泣きながら「やらしてください」と。

 

そっからですね。吹っ切れましたね。あの絶句があって、いまがあるという。

 

(初高座に向けて)あんだけ稽古したのにダメでしたね。最初は、ぽんぽんと行けたんですけどね。逆もあります。あんまり稽古してないのに、すらすら言えて、客席も湧かせられるときもあったりして。結局、わからないですけど、ほどほどがいいのかもしれませんね。(稽古を)し過ぎてもだめ、しなさ過ぎてもだめ。そんな風に思っています。

 

※ 林家なな子:林家正蔵師匠のお弟子さん。5番弟子。二つ目。

※ つばなれ:お客さんが10人以上入ることを「つばなれした」と言います。ひとつ・ふたつ~ここのつ、と数えて行き、「とお」には「つ」が付かなくなることから「つばなれ」と言います。つばなれしてない=お客さんが10人以下の状態。

※ 8代目桂 文楽:「黒門町(くろもんちょう)」と呼ばれた戦後の名人のひとり。晩年、台詞を忘れてしまい絶句。その際、「勉強をし直してまいります」と深々と頭を下げて話の途中で高座を降りたエピソードが残っています。

※ 柳家小んぶ:さん喬師匠のお弟子さん。柳家さん若さん(第10回くがらく出演者)・柳家小太郎さん(第12回くがらく出演者)の弟弟子。

 

 

笑二兄さんの稽古時間が10時間というのを読んで驚きました。

 

― どんな風に稽古するのですか

 

自分の部屋が多いですね。あと電車とか、歩きながらとか。ネタおろしのときはカラオケに入ったりとか。書いて覚える派です。スマホに打って見ながら、とかもしますね。

 

― 稽古量はどうですか?

 

これがですね…(苦笑)。くがらくさんのホームページで、過去に出演された兄さん方のインタビューページを片っ端から見ているんですけど。(立川)笑二兄さんのインタビューにびっくりしました。「毎日10時間の稽古」って、尋常じゃないですよ。「少ない日でも3時間」って仰っていて。これはもう・・・。3時間でも多いと思ってますから僕は。でも、笑二兄さんを見習って、もっと稽古しなきゃダメですね。

 

笑二兄さんは、その領域に、その高みにいらっしゃるので、それが普通かも知れないですが、僕なんか稽古をし過ぎると訳がわからなくなっちゃうんですね。こんがらがるというか。ただ稽古に関して師匠には2つのことを教えてもらいました。一つは「これから芸人になって、打ち上げとか飲み会とか増えると思うけど、1日5分でも稽古はしなきゃだめだよ。1日も欠かしちゃだめだよ」と。二つ目は「百回の稽古より、一回の高座だ。ってよく言われるけど、俺は、それは逆だと思う。稽古は自分を裏切らないから。1回の高座より、百回の稽古だぞ」と。

 

以前、うちの師匠に聞いた志ん朝(※)師匠の有名なエピソードがあります。昔、みんなで飲んで、そのまま(志ん朝師匠の)自宅に雪崩れ込んで徹マン(徹夜麻雀)をしていたんだそうです。そしたら夜中に突然、志ん朝師匠が「俺、稽古してくるわ」って麻雀を止めて二階に上がって行ったという。師匠は、「こんな名人でも、必ず稽古は欠かさないんだな。俺たちもちゃんと稽古しなきゃな」と思ったそうです。

 

※ 古今亭志ん朝:3代目古今亭志ん朝。7代目立川談志、5代目三遊亭圓楽、5代目春風亭柳朝(一刀さんの大師匠)と共に、若手真打の時代、『落語若手四天王』と呼ばれた。

 


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。一刀さんの素顔、そして本音。

 

春風一刀 独占インタビュー(1)

春風一刀 独占インタビュー(2)

春風一刀 独占インタビュー(3)

 

春風一刀 独占インタビュー(5)

春風一刀 独占インタビュー(6)

 

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