春風亭昇々 独占インタビュー(2)

「(目標である)『自由にやりたい』を目指すと、古典を学ばざるを得ない」

 ― 時に目ん玉をひん剥き、下唇を付き出し、オーバーな表情と、謎のハイテンション、テンポよく次々と繰り出されるセリフで爆笑を呼ぶ。端正な外見とのギャップ。数年前、昇々さんの「あごびよん」とか「初天神」(金坊がエキセントリックなパターン)」などを聞いて、「この人、“いい意味で”狂ってる(笑)」と感じました。このように感じているファンはたくさんいるように思います。ときに『昇々落語』と評される、この独特の雰囲気・新作観(創作落語観)について伺いたいです。

 

「頭おかしいとか、変わってるとか、熱いものに心が震える」(2018年08月02日より)

 

「登場人物がみんなおかしいよね」とかはよく言われます(笑)。でも自分では決してそんな風に演じているわけではないんですよ。僕が一番大切にしていることは「自由にやる」ということなんですよ。

 

― 「自由」。昇々さんのブログにも頻出する単語ですね。昇々落語を語る上では欠かせないキーワードだと私たちも思っていました。昇々さんが大切になさっている「自由」とは?

 

僕はどんどん考えも変わるので、今喋ってることが明日には変わっているかもしれないんですが。

 

― 大丈夫です。気にせずお話してください。

 

なんというか、その時々に思うがままに演じる・語るというか、そういう感じです。うちの師匠も自由(にやる落語家)です。稽古して自分の腹の中に入れて、しっかり覚えた上で、自由に、自由自在にやる。それが理想です。いろんな言い方を僕はしますけど、「ふざけてやる」「遊んでやる」「自由自在にやる」。この辺の言い回しは、僕の中ではすべて同じです。「自由にやる」って意図です。

 

稽古して稽古して稽古して、それをしっかり高座でやる。というスタイルももちろんアリだと思います。ただ僕の場合は、稽古して稽古して、その上で「遊」びたい。それがもっとも難しいことのようにも思っています。稽古通りにやるのは比較的簡単なんじゃないかとか。そのまんまを出すことよりも、その日のお客さんの感度とか様子とか、前に(高座に)上がった人からの流れとか、いろんな諸条件に左右されながらも「自由」な高座で客席を湧かす、笑わす、ウケる。

 

― なるほど。自由=柔軟さ、フレキシブル、臨機応変

 

そうそう、そうです。そんな感じです。僕、本当になんにもできないところから、人より下の、マイナスからのスタートだったんで、まだ全然(自由になんかできてません)ですよ。

 

八五郎「ご隠居さん、いますか?」

ご隠居「なんだい。はっつぁんかい」

 

入門後、これだけの上下(かみしも)を切るのにも一苦労でした。センスのある人は、ちゃちゃっとできちゃうんですけどね。僕にはとても難易度が高かった。あとは滑舌ですね。去年、必死に稽古してようやくここまで来ました。僕に言わせれば落語は総合芸。しゃべるだけでもなく、手の動きだけでもなく、からだ全体で表現したりもするし。そこが難しい。

 

― そうですか。自由自在にやってらっしゃるように見えますが。

 

いや、まだまだですよ。ビデオに撮ってもらって自分の高座を観ると、自分で思ってたのとは違いますし、自分で思っているようにできていません。理想には程遠い。

 

― 稽古時間は?

 

昔は2時間くらいやっていました。最近は、飽きっぽいので、稽古しすぎると最近は飽きてるんですよね。高座で。力が入らない、死ぬというか。対話(会話!?)してないんですよ。流れになっているというか。ちゃんとその時その時の気持ちでやらなくちゃいけないと思うんですけど、わかりやすく言うと感情が乗らないので、あんまりしないようにしている。でも結局2時間くらいやっているのかな。時間決めてやっていないんですけどね。稽古したい噺をしている。飽きたらやめちゃう。

 

― 新作の創作ペースはどのくらいですか?

 

2か月に一作くらいですかね。こういうのも、その時その時によって違うんですよね。去年は一か月に一本二本作ってました。

 

― 去年などめちゃめちゃ忙しい時にも関わらず…

 

忙しかったですよ。また、落語家ブームみたいなのがちょっとありましたもんね。二つ目がいろんなとこで取材を受けたしているという。

 

― 昇々さんでいうと「ポンキッキーズ」もありものすごく忙しかったわけですよね

 

めちゃめちゃ忙しかったですよ。だから新作は深夜1時~2時ころに作ってました。

 

相当な理論派。「本、書けますので。出版社の方、オファーお待ちしています!」

― 理想の高座・落語家は?

 

たくさんいらっしゃいますが、まずは笑遊師匠(※)ですね。自由自在にやってる方です。表面的なものではなく、目指しているベクトルがいっしょ。だと思っています。(高座の上で)遊んでいることろが素敵だなって思っています。あと誰だろう…いっぱいいますからね、すごい師匠。でもみんな姿顔かたち違うし声も違うし、みんな変わってくるんですよね。結局やってることは一緒でも表面的に見えていることは違うという。みんなすごいんですけどね。ちゃんと自分自身になってやっているので。

 

三遊亭 笑遊(しょうゆう):四代目三遊亭圓遊に入門。四代目圓遊没後、五代目圓遊門下。同じ成金メンバーである三遊亭小笑(二ツ目)さんの師匠。

 

 

― いつごろから斜めに座っているのでしょうか。「なんか美しく見えるな」と感づいたのはいつ頃ですか

「なんで斜めに座るんですかって聞かれるんですけど。なんか美しく見えるんですよね。」(2018年08月02日より)

 

そういうのも、その時斜めに座りたいんだと思うんですよね。理由がない。言葉で説明できない。難しいんですけど。なんかこう(斜めスタイルで)いきたい時ってあるんですよ。その時の気分なんですよね。こうじゃなきゃいけないというルールはなくしたい。だからなんで座っちゃいけないの?って逆に聞きたいですけどね。

 

それにですね、斜めだからできる技があるんですよ、動きが。この動きができるんで、斜めだと。例えば「なんとか、なんとかだから、なんとかですよね!」ってぼけた瞬間に、上下(かみしも)を切って「何言ってんだおまえ!」って、こういけばこういくという。これは斜めに座ってないとできないんです。

 

僕が開発した技なんですけど。斜めに、こう行ってこう行く動き、こうだとできないじゃないですか。こういってこう、はできないですよね。(直線的に動けるということですね)そう。

 

自分では理に叶っていると思うのですが、とにかくご指摘をいただきますね。これはやっぱり真っ直ぐ座るということが当たり前になっていて、座布団にこう座るのもカタチとして決まってるんで。何でもそうなんです。すべて物事というのは、どんどんカタチができていく。それはそれで俺は良いと思います。クラシック音楽だって楽譜通りにやるということがありますからね。でも、別にそれ以外があってもいいじゃないかと思う。でも「これが正しい、これが普通」と思っている人にとっては、それとは違うコトをしていたら気持ち悪いんですよ。言いたいんだと思います。その気持ちはすごいわかる。

 

― 音楽で言えばクラシックに対して、ジャズ(独特のリズムと即興性の強い音楽)みたいな感じですね。

 

そうですね。ジャンルでいうと。そんな風にも言えるかもしれません。

 

― 型破り(※)ということでもありますかね。

 

そうですね。なんか型通りができないとは思いますけどね。その型は自分で決めればいいと思うんですけど。型通りにもできるし、崩してもできる、それが本当の自由自在かなと思います。型通りにやることもあるんですけど、結局ウケなかったりする。ということは、(基本の)型通りにできてない、ということなので、難しくてこれって。深くて。自分でつくるもの。教科書を自分で作らなくちゃいけない。

 

※ 型破り:立川談志いわく「型ができてない者が芝居をすると型なしになる。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる」「型ができている者だけが、型破りになれる」。

 


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。昇々さんの素顔、そして本音。

 

春風亭昇々 独占インタビュー(1)

 

春風亭昇々 独占インタビュー(3)

春風亭昇々 独占インタビュー(4)

春風亭昇々 独占インタビュー(5)

春風亭昇々 独占インタビュー(6)

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