春風亭昇々 独占インタビュー(5)

誰よりもウケたいと思うけど自分と他人とは比べない。

― (昇太)師匠は昇々さんの落語をご覧になってどんな風に仰っていますか?

 

あんまり何にも言わないですね。良いも悪いも言わない。

 

― 第三者を介して遠回しに耳に入ってくることは?

 

ないですねえ。弟子の落語がどうのこうの、聞いたことがないですね。僕は知りたいんですけどね。でも、(師匠としては)決して言うものではないと思っているんだと思います。(誰かに言われてやるのではなく)自分で率先して考えて自分がやらなきゃいけない。

 

― 昇太師匠の教えで身に染みていること、心に残っていることってありますか?

 

うーん、なんだろうなぁ。うーん…。特別ないですね。前座の時は前座修行のこと言われますが、あとあんまり言われませんしねぇ。師匠がいいと思っていることで僕に当てはまらないこともあるので。強いて挙げれば「人によって肺の大きさが違うんだから(落語の)間が人によって違ってくるのは当たり前だ」とは言われたことがありますね。それくらいですかね。

 

― どんどん弟弟子が増えていくことはどうですか?

 

俺が兄弟子っぽくないと思いますが、勝手にやってますし。おのおのみんな自由でいい。一門だけど一人でやりたくて入ってきているから、そこを俺はあーだこーだ言わない。言いたくない。こうだよ、こうしなきゃだめだいとは言わないですね。みんなおのおの自分で創り上げていくべきだし。前座修行についてあーだこーだ、別に思わない。着物の畳み方、お茶などいろいろ言う人もいるが、僕は前座さんのことを見ていません。

 

 

― もしアドバイスを求められたら?

 

その時は言います。どう思いますか?俺はこう思うとは言う。最低限のことはちゃんとやるべきだとは思う。「寝ぐせついてるから直せよ」とか「着物もっとちゃんと着ろよ」とか。落語家の高座は、いわば作品。ちゃんと作品を見せるべきだと思っていますので。身だしなみが崩れていることに意味はないとも思いますしね。

 

― 座右の銘、モットー、信条などあれば教えてください。

 

う~ん・・・

 

― 好きな言葉とか

 

いっぱいあると言えばあるし、一個だけって言われるとないし、いろんな良い言葉があって全部そうかと思いますけどね。特別にはないですね。

 

― 落語家でライバル視している方とか。目標にしている方とか

「自分のペースで走りたい。自分と戦いたい。相対的じゃなくて主体的」(2018年07月21日より)

 

んー。僕は、こういう考えなんですよね。誰かよりウケたいと思うんですけど、その時にできる自分の高座をやる方がウケるんですよ。そうすると結果的に人にはウケる。ウケるには人と比べずに今自分が何ができるか考えてやった方がウケるので。そういう風にしたいと思いますけど。誰よりもウケたいと思ってやるって大事だなと思います。流れをみることはありますけどね。周りの人がこうやってたら、俺はこうやるぞ!みたいな。お客さんの雰囲気があるんで。

 

― どうしてもイケメンって言われると思うんです。ご自身でもそのことについて書いてらっしゃいますが。ブログから察するに、「イケメン落語家」と言われる喜びと苦しみ(呪縛?)と言いますか。うれしいけどいやだ?みたいな感情を抱いていらっしゃるのかなと。その辺、いかがでしょうか。

「落語会にさ、イケメンなんとかってつけるのってなんとかならないですかね。それってすごい表面的なんだよね。」(2018年07月21日より)

 

全然いいんですけどね。イケメン落語会みたいなのをやってお客さんを集めようとする主催者の人がいても。でも、なんかそんなんじゃお客さん集まらないし、表面的な気がするっていうか。

 

― もっと中身で評価してくれよとそういう気持ちですか?

 

自分の中身を見てくれというよりは、そのことは置いといてイケメンということでお客さんを集めようとするのが…(抵抗ありますか?)…んー…なんでもいいんですけどね。絶対いやだこれは!ってのはないんですけどね。あまりに多いとちょっと…。またかい!って気持ちがあったりとか…

 

難しいんですけどね。ここまで語ってきた「俺の落語論」みたいなのを主催者の人に伝えて、「俺はこういうつもりでやっているんです」って言って、だからそういうイケメン落語なんて言わないでくれなんて言えないじゃないですか。落語会やってくれるのは有難いことだし。だからブログに書いたんですし。

 

そん時はそう思ったんですよね。その時分、なんかあったんでしょうね。そん時の自分には。僕が思うやりたいことと主催者の人はお客さんに来てもらいたいわけですから。そこが違うのはしょうがないし。だから「ふざんけんな」とは全然思いませんが。なんかずれているなぁとは思うから。仕方ないと思いつつ。

 

「自由でいたいので、いつも本気でふざけています」

― 「アバンギャルド昇々」を作ったきかっけはなんでしょうか?(スタッフ10数人で撮影していると聞きました。大がかりです)

「アバンギャルド昇々」というYOUTUBEのチャンネルを作りました」(2014年09月07日より)

 

高校の同級生と飲んでて、おもしろそうだから映像を撮ってやってみようということになり。遊びでやってるだけですね。(去年契約した)ホリプロとは一切関係がないです。勝手な個人的な遊びです。

 

俺は「らくごマン」好きなんですけど、再生数が伸びないので相方がしぶるんです。落語動画をアップロードした方が再生数が伸びるんですね。だから相方は高座を撮りたがるんです。俺は俺でユーチューブ用の撮影の為だけに高座をするのは疲れるからヤダ、みたいに思ってて(笑)

 

他には、ふざけて撮ったミニドキュメンタリーみたいなのもあるんですね。3分間ずつ毎日配信してました。

 

それも「らくごマン」同様ふざけて撮りまして、借金取りに追われるみたいな、カメラマンに向かって「お前、いつギャラよこすんだよ」みたいにキレるという設定で。すさんだ感じで演技して撮ってアップしたところ、視聴者の人がみんな信じてしまって「昇々さんて、そんなすさんだ生活してるんですか!」って言われたりとか。借金してるし、ギャンブルにくるってるし!ってフィクションの設定を、みんな信じてしまって(苦笑)、俺はそのまんまでいいやと思ったんですけど、親から「あんたギャンブルしてんの?借金してんの?」言われはじめたので、(あぁ、これはさすがにまずい。フィクションであることを伝えないとダメだな)と思って、ネタであることがわかるように修正しました。落語ファンの人って真面目だなとその時初めて思いましたね。みんな信じてしまって。

 

結構嘘っぽいことをちりばめてるんですけどね。鼻毛抜くとか、ファッションがおかしいとか、ふざけてやってるんです。フェイクドキュメンタリーなんですけど。お客さんに涙目で言われたことがあって。「バイトしてるんですか?(泣)」「借金してまでギャンブルをやってるんですか?(泣)」(笑)。いろんな人に言われるものだから、当時は(自分の狙いと違うので)だんだん腹が立ってきて「そうです!バイトしてるんです!」って(苦笑)。

 

― 演技力がありすぎるんじゃないですか?迫真の演技過ぎて。

 

だから敢えて最後にメーキングみたいなのを入れました。「はい、カット!」「借金取りの●●さん、凄みありすぎですよ」「もっと短い方が良かったかなぁ」とか(笑)。

 

― 昨日の「天災(※)」もそうですが、キレる江戸っ子っていうのは昇々さん落語のひとつの見せ場というか、神髄というか、エッセンスと言うか、他の人にはない感じかなと思うんですけど。

 

※ 昨日の「天災(※)」:「渋谷らくご」での高座

 

※ 天災(てんさい):隠居の家に「女房のとおふくろのと、離縁状を二本書いてくれ」と飛び込んできた短気な八五郎。紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)という偉い心学(しんがく)の先生がいるからそこへ話を聞いて精神修行をしてこいと言われ…。

 

なんかふざけてやってる、そん時言いたいようにやってるだけなんですけどね。突っみたいように突っこんでます。

 

― 「(ふ)ざんけんなよー!」のところなんてとってもおかしい(笑)

 

考えながらやってるんですよ、これでも。一度あのネタの、あの場面で「ぶっ殺すぞ」と言ったことがありました。そん時はお客さんが引いちゃいましてね(笑)。本当は違うことを言おうと思ったのに思わず「ぶっ殺す」って言っちゃった。あー、間違ったなって。いろんなこと考えながらやってるんです。

 

昨日のあれも、あの場で初めて言ったんです。ほんとは「天災」やるつもりじゃなかった。「品川心中(※)」やろうと思っていた。なんかちがうなーと思って変えたんです。楽屋でお客さんの反応をちょっと聞いてて。「品川心中」は無理だなこれ。笑いどころもあんまりないしな。全然自由にできないな。と思って、最近やってないやつないかな?そうだ「天災」だと。

 

ああいうのも、どうやってやってるかって俺には説明できるんです。あれオウム(※)のパターンなんですけど、「看板のピン(※)」と似てるんです。ボケが言いきって突っ込むというパターンなんです。同じオウムでも「牛ほめ(※)」とちょっと違うんです。「牛ほめ」の与太郎って、動機としては一緒なんですけど、単に「上手くやりたい」というだけ。一方、「天災」や「看板のピン」の場合は、巧く喋って言い倒したい、言い負かしたい、巧く言っていい顔したいみたいな感じ。

 

※ 品川心中(しながわしんじゅう):品川の遊郭が舞台の噺。いわゆる廓(くるわ)話。お金の工面に困った女郎が心中相手に選んだのは…。映画『幕末太陽傳』のエピソードのひとつにもなっている。非常に長い噺で、前半部分だけを(上)として演じられることが多い。。

 

※ 看板のピン:鉄火場が舞台の珍しい噺。年季の入った渋い親分のカッコイイ仕草、セリフに惚れた男が、他に行って真似してみようとするが…。オウムの型。

 

※ 牛ほめ:兄貴の佐兵衛が家を新築したと聞き、家の褒め方を教えて、息子の与太郎をそこに送りだす父親。ところが与太郎は・・・

 

一つ一つ言い切らないといけないというか。例えば、

 

八五郎 「今日はちょいとおめぇに言って聞かせることがあるから、よく聞けよ。(ここで突然丁寧な口調、話を教えてくれた紅羅坊名丸の口調に変わって)そこではお話が出来ません。どうぞ、ここへお上がりなさい」

 「なに言ってやがんだ、てめぇが上がるんだ」

八五郎 「あ、そうか、俺が外にいるんだった。(紅羅坊名丸口調で)え~、お使いの方かと思ったら、あなたがご本人の八五郎さんでいらっしゃる」

 「俺は熊次郎だ。八五郎はおめぇじゃねえか」

八五郎 「あ、そうだ俺だ…。ちょっと最後まで聞けよ、段取りってモノがあるんでぇ。(紅羅坊名丸口調で)お手紙は残らず拝見をいたしました」

 「なんの手紙だよ」

八五郎 「(紅羅坊名丸口調で)お手紙のご様子では、あなたにお母上がおありのようだ」

 

みたいな感じで、八五郎の語尾はきっちり言い切らなくてはいけない。ゆっくり言い切るというパターンのオウム(※)、そんな風に捉えてやっています。

 

※ オウム:人から教えわったとおりに実践しようとし、結局ハチャメチャにしてしまう笑いのパターン。オウム返しから。

 

しゃっべてる自分とは違う自分が「とんとん行き過ぎたから、次のシーンはゆっくりやろう」とか「言葉をしっかり置いて聞かせていかないと次のシーンがわからなくなるな」とか「今日のお客さんは落語を聞き慣れてるようだから、だからトントンやっても大丈夫だろうな」とか。考えながらしゃべっています。

 

今日は末廣亭で「湯屋番(※)」やったんですけど、今日のお客さんたちはあまり落語を聞いたことがない方たちだなと思ったのでゆっくり、かみしめるようにやりました。できるできないは置いといて考えながらはやっている。気持ちの入らないようなものは最初からやらない。

 

おなかに噺が入ってると(完全に覚えている状態・からだに沁みこませている状態だと)、高座で自由自在に操れますよね。思いがけないセリフも言えるし、間の取り方も自在に操れる。一方、ネタおろしのときは逆で、言葉を追うのが精いっぱいになっちゃう。覚えたことだけを出すだけになっちゃう。

 

※ 湯屋番(ゆやばん):道楽が原因で目下絶賛勘当中の若だんな。銭湯で奉公人を募集中だと知って働き始めるのだが…。ひとりきちがいネタ(=妄想大爆走ネタ)の大定番。

 


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。昇々さんの素顔、そして本音。

 

春風亭昇々 独占インタビュー(1)

春風亭昇々 独占インタビュー(2)

春風亭昇々 独占インタビュー(3)

春風亭昇々 独占インタビュー(4)

 

春風亭昇々 独占インタビュー(6)

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