柳亭小痴楽 独占インタビュー(4)

お前、どっかで“古典落語を使ってる俺”って思ってんだろう。馬鹿!逆だ!

― 前座時代について。

 前座時代。余計なことを一切言わず、名前すら言わず、噺だけ、パーンってやって、パーンって受けて、パーンって帰ってくる。こういう前座が、前座の中では一番カッコいい前座だと思ってました。僕の思う格好の良い前座。だから、高座では絶対に余計なことを喋らないと決めて、前座の4年間を過ごしました。

 師匠たちから落語で呼ばれる前座になろうと思って働いていましたから。余計なことをせず、余計なことを一切言わず、しかもウケル。笑いは取る。開口一番に出てって、“ザ・落語”な空気をしっかりつくって、お後の兄さん、師匠たちに気持ちよく高座に上がっていただけるようにと。そればっか考えてました。

― 芯が通ってますね。

 ところがですね、徹底しすぎまして(苦笑)、二つ目に上がって「柳亭小痴楽」になった途端、余計なこと(マクラ)が言えなくなっちゃったんですよ。(あぁ、俺は前座としては良かったかもしれないが、二つ目に上がった途端、最低の二つ目じゃねーか)と。

 それで稽古、度胸をつけるために、覚えた噺ごとに「柳亭小痴楽としての枕」を1セットにしてやってた時期がありました。この枕とこの噺はセットみたいに。今では慣れてきたので、そこまでガチガチに決めてはいません。今日あったこととかを自由に枕を話して、噺に入っていけるようになりました。まぁ、自由に話せるようになった分、枕がフリートーク過ぎて、まずいという面もあるんですけどね。(あぁ、やべぇ。話しすぎた。調子に乗って喋りすぎた)と言うときもあります。

 前座と言えば、桂ち太郎時代に、小遊三師匠に「僕、落語合わないです」って愚痴をこぼしたときがありまして、そしたら師匠が激怒しまして。

 「馬鹿か、お前。落語ってもんが何百年続いてると思ってんだ。お前はまだ生まれてたかだか10数年だろう。お前はな、古典落語がこれで(といいながら、右手で人差し指を。指先大の小ささという意味)、自分がこれ(左手で握りこぶしを)だと思ってんだよ。自分のほうに古典落語を寄せようと足掻いてる。で、合わないですとか馬鹿なことを言ってる。違うから。逆だから。古典落語ってものは、も~んのすごく大きいの。そこにちっちゃなお前が寄っていかなきゃいけないの。俺ら一介の噺家なんて、巨大な古典落語というものの表面に薄っすらと膜を張れるか張れないかだから。その程度のもんだから。どっかで“古典落語を使ってる俺”って思ってんだろう。馬鹿!逆だからな。」

― いい話ですね。ところで、昨日の兄弟会では珍しく(古典落語ではなく)新作をやってらっしゃいましたが。

 はい。「死神の精度」というタイトルです。タイトルだけは伊坂幸太郎さんの本からいただきました。内容は僕のオリジナルです。

― 最初にタイトルから生まれた?

 はい。最初にタイトルありきで、考えました。先日の関西での落語会用(※)につくった噺です。そもそもが、その会に呼んで下さった(桂)文枝師匠のススメです。お声をかけていただきまして、それがきっかけで新作を。それまでは、いくつかのアイデアを抱えているだけだったのですが、怖くて一歩が踏み出せませんでした。文枝師匠に背中を押していただきました。

※:2016年3月4日(金)の第99回「創作落語の会(主催:桂文枝)」において。特別ゲストとして小痴楽さんが出演したほか、桂三金月亭遊方桂文珍笑福亭鶴志各師匠も。

 今回のケースもそうですが、僕はなるべく、すでにある小説や映画、曲のタイトルから(新作落語のタイトルを)持ってきたいんですよ。漫画「ジョジョの奇妙な冒険」にでてくるさまざまな名前は洋楽から来ている、洋楽由来なんですよ。それを知ったとき、(あ、おもしろい。俺もこのスタイルでいきたい)となりました。

 もとを辿れば、「たまごの会」できらり姉さん(※)とやったコントがベースです。ホール落語では無理ですけど、誰かとの二人会のときの一席に、使えるように(噺を)磨いていきたいと思っています。

※:たまごの会:古今亭志ん輔師匠が主宰する若手落語家さんの研鑽の場・定例勉強会。惜しまれつつも、すでに終了。神田きらりさんは、5月に真打に昇進。神田鯉栄(りえい)となります。

― 伊坂さんが一番好きな作家ですか?

 伊坂さんを好きになったのは最近のことで、僕がもともと一番好きなのは重松清さん(小説家。代表作『十字架』等)です。あとは貴志祐介さん(ホラー小説作家。代表作『黒い家』等)。移動中にしか読まないんですが、多くて月に4~5冊。

 小さいときから学校には余り行かなかったほうなので(笑)、「行ってきます!」って言って喫茶店行って、ずっと本を読んでると。で、そろそろ学校が終わる頃に登校して、友達と遊んだり部活したりして。という。その頃から暇つぶし感覚で常に本を携帯しているので、今でも(本を)持っていないと落ち着かないんですよね。

― 今日は何をお持ちですか?

 まだ買っただけで読んではいないんですが、これを(写真:「任侠病院(著:今野敏)」)。前にこの作家さんの「任侠学園」てのを読んで、そのシリーズで すね。ヤクザの人たちが潰れかけた病院や学校を建て直しするというストーリーです。その本に刺激を受けて、新作のストーリーもサゲも出来上がっているんで すけど(小説のストーリーに寄り過ぎてるかもしれないので)やっていいかどうかがわからなくて。

― 昔から(小痴楽さんの高座を)聞いている私たち(くがら編集部)からすると、小痴楽さんと新作と言うのは、意外な組み合わせだなと思っています。

 新作落語の数も増えてきて慣れてきた頃に、毎週の「成金」とか、遊び感覚でも許される場所で、掛け捨て(一度きりしかやらない)覚悟でやってみると言うのなら、あるかもしれません。

 ただ、はっちゃんや、昇々さん、A太郎さん(※)が「勉強会でネタが尽きたので、お茶濁しな感じで、ちょっと創ってみました~」ってなら、まだ許されるでしょうけど(基本、古典落語の)僕ですからね。ヘタな場所で気軽にやると「新作落語を舐めてんのかよ、お前は!」ってなってしまいます。

※いずれも、奇想天外な新作落語を繰り出す新作落語のホープ。成金メンバー。はっちゃん:瀧川鯉八。たきがわ・こいはち/昇々さん:春風亭昇々。しゅんぷうてい・しょうしょう/A太郎さん:昔々亭A太郎。せきせきてい・えーたろう。

 新作を作ろうと本気で思うなら、武器になる噺を作らなきゃいけませんし。覚えなきゃと思っている古典落語の量もたくさんある今、なかなか時間が。最優先事項にはなりにくい状況です。まだ、自分は、それをやる身分ではないなと感じています。新作については、まだ人前で語ることなんてできないですね。恐れ多 くて。まだ(本当に)出来たかどうかも、手ごたえもあやふやな、1つ(「死神の精度」)だけを、何度かやったというだけですからね。

 先日の大阪の会では、文枝師匠にアドバイスをいただきました。僕はそれまで、キャラをちゃんと描くのが一番重要かなと思っていました。でも文枝師匠は「構成をもっともっと考え込まなければいけないよ」と。あの文枝師匠が僕の高座を20分丸まる見てくれて、こうしたほうがいいよとアドバイスまでしてく ださっているネタを、(もうできない。これ以上は無理!)って放り出すわけには行かないなと思いました。他の人から「あの新作、おもしろくないから、もうやめなよ」と言われたとしても、そんなに簡単に捨てることはできないと強く思っています。

 まだ先のことですが、僕の真打披露興行の披露口上には文枝師匠に来てもらう約束は取り付けてあります(笑)。そんときに、この新作をかけれたら。喜んでもらえるだろうなぁ。でも披露目のときに新作は難しいかなぁ。

― 小痴楽さんの、その矜持、プライドはどこからくるものなのですか?

 いろんな筋を通さなきゃいけないとか、それは思いますけど、いい加減な面も多いので(苦笑)。ただ、そのときの気持ちに嘘はないんですよね。入門したと きに親父、あとは、平冶師匠んとこを破門になる時に。人生で二度言われて、今でも守っていること。それが『馬鹿でもいいから真っ直ぐでいなさい。嘘はいけない。』という言葉です。親父からは

 頭の良い人間は、頭の回転が速いし、計算ができるから嘘を突き通すことができる。いつまでも巧みに誤魔化し誤魔化しやっていくこともできる。でも俺たち (親子)みたいな馬鹿に、それは無理だから。昨日ついた嘘を忘れて、また辻褄のあわない嘘を今日ついてしまったりする。嘘がバレれば、信頼を失ってしま う。だから、ハナっから(取り繕うことなく・飾ることなく)「僕は馬鹿です。えへへ。こんな人間です。どうぞよろしく」でいい。そんな人間を嫌う人もいる。が、それでいい。好きになってくれた人は一生好いてくれるから。(嘘で取り繕ってその場がとにかく)「楽」なほうがいいのか、(最終的に)「得」なほうがいいのか。楽か得かだよ。

― そんなまっすぐな小痴楽さん。何年後に真打になるのでしょう?

 順当に行けば4年。5年かなぁ。

― 名前はどうなりますか?どうしたいとかありますか?

 今後気持ちが変わることがあるかもしれないので、何とも断言はできませんが。以前、うちの師匠(柳亭楽輔。小痴楽さんのお父さん=五代目柳亭痴楽の弟弟子)にも、小遊三師匠(三遊亭小遊三)にも言ったんです。僕はずっと『小痴楽』で行きたいです、と。

 先日、ある新聞の取材でも答えたんですが、五代目(柳亭痴楽)を継ぐとすると、初代から四代目がどんな顔するだろうって。どんな気持ちになるだろうかって。特に、痴楽という名前をここまで大きくしたのは四代目(「綴方狂室の痴楽」)なので。大きな名前です。重いです。その大きな名前を継ぐことができるほどに自分がなっていれば、可能性がゼロではないですが。今は亡くなった四代目も、世間様も、それを許さないと思います。街を歩いていると「あ、小痴楽だ」 「あの柳亭小痴楽だ」と言われるくらいにはならないと、せめて。とは思います。

 ただ、重く大きな名前を継ぐということに負けたくないし、両師匠をがっかりさせたくないという思いもあります。だから、早く売れたいとは思います。師匠たちも、世間も「小痴楽、売れてるね」と認めてくれたら、ありえない話じゃないとは思いますので。また、新真打に昇進するタイミングが、名前を継ぐタイミ ングと同じになるかどうかもわかりません。めでたいことは別々に起きた方がお祭りが二回できて楽しい!という考えもありますし(笑)。

五代目(柳亭痴楽)を継ぐとすると、初代から四代目がどんな顔するだろうって。どんな気持ちになるだろうって。