立川笑二 独占インタビュー(2)

せめて稽古量では他の人を圧倒したい。「スーパー前座」と呼ばれていた、あの頃。

― 前座時代の笑二さんは「スーパー前座」と言われていました。その高い評価は、笑二さん自身の耳にも届いていたと思いますが、どう感じていましたか。

 

(「スーパー前座」という言われ方は)聞こえていましたから、ネタとして使わせてもらってました。おいしいなと思って(笑)。「はじめまして、スーパー前座です」とか。

 

― とんとん拍子に二つ目に。プレッシャーはありませんでしたか?

 

私が入門した頃は(立川流の昇進のための)年数制限はなかったんです。ですが、吉笑兄さん(笑二さんより入門が半年早い)が1年半という異例のスピードで二つ目に昇進したため、立川流のルールが変わって「前座修行は最低3年は必要に」と変わったんです(※)。

 

私としてはもともと、吉笑兄さんと同じくらいの速度感で二つ目になるべく頑張っていたんで(苦笑)。なので、入門して1年後には二つ目に昇進できる基準はクリアしていましたから、残りの2年間は気持ち的には楽でした(苦笑)。「面白くやれ、楽しませろよ」という類のプレッシャーよりも、「もっと売れろ!もっと売れろ!お前なら、もっと売れるはずだ!」という感じのプレッシャーのほうを、より強く感じていました。そっちのほうが焦るんですよね。私だって売れたい。でも売れるかどうかは、わからないわけですから。

 

基本的に立川流の前座は(他派、落語協会や落語芸術協会に比べて)暇が多いんです。常設の小屋(寄席)を持っていないので、日々の前座としての寄席での下働きが少ないからです。だから稽古する時間はたっぷりある。なので、二つ目になるまでのこの時期に、たくさん稽古をして(センスではなく稽古の量で)他の人を圧倒しておきたい、そう思っていました。「今の、この暇な時期しか、ここまで思い切ってたくさん稽古なんてできやしない」「他の協会の前座さんより稽古する時間があるんだから、今の時期、他の協会の前座さんより下手であってはいけない」って思っていましたから、稽古はいっぱいしました。

 

※ 落語立川流の昇進におけるルール:前座から「二つ目」に上がるためには、古典落語50席を覚え、寄席囃子の太鼓・寄席での踊り(かっぽれ、奴さん等)・都々逸・長唄などの歌舞音曲を覚えること。ちなみに「真打ち」に昇進するための条件は次の3つのうちのいずれか。(1)師匠のお墨付きをもらうこと(それだけの実力を身に着けること)。(2)真打昇進トライアル(いわば、昇進するに足るかどうかを見極めるための公開落語会。お客さんを入れて、立川流の師匠たちが審査する)に合格すること。(3)二つ目を20年以上続けた者。

 

― どのくらい稽古していましたか?

 

(二つ目に昇進した現在もですが)朝10時頃起きて、ご飯食べて出かけて、また10時頃、アパートに戻ってくる。そんな感じです。

 

― 戻ってくる10時というのは22時ということですか?

 

はい。途中お昼ご飯を外で食べたりなんだりして、夜の22時に帰宅。

 

― ということは、12時間も外で稽古を?

 

休憩したり食事したり、ぼーっとしてたりもありますから、正味10時間てとこですかね。

 

― 10時間!稽古!10時間!

 

基本、公園か落語会か。家では寝るだけ。起きてるときはずっと落語に漬かってる感じです。

 

 

ネタ帳は、およそ80冊です。

― 前座時代よりもお仕事は増えている(稽古の時間がない)はずですが、稽古量は変わらないのですか?

 

稼働日数で言えば前座の頃の方が多かったですね、私は。いまの稼働日数(仕事がある日)は平均週3~4日といった感じです。スケジュールは今の方が余裕があります。稽古量は(前座時代より)今の方が多いです。落語会に行っても(下働きしないで済むので)自分の出番だけで帰ることもできますし。

 

― (落語家さんにとって稽古時間が)10時間は普通でしょうか?

 

普通じゃないでしょうね。前座時代、ある真打の方に「ちゃんと稽古してる?」と聞かれたので、「はい。でも今日は3時間しかできませんでした」と言ったら驚かれました。「そんなにやったの!」って。そのときに初めて10時間は多い方なんだなと思いました。

 

― ネタ帳が相当な数あると聞きました。何冊お持ちなのですか?

 

大学ノートが60冊、ルーズリーフ20冊。合計およそ80冊です。今使ってるノートは、こんな感じです。

 

― 「スーパー前座」と言われた笑二さんも二つ目になり、今では弟弟子を2人も持つ“兄弟子”・“兄さん”です。指導したりしますか?

 

私は、せいぜい太鼓についてアドバイスを送るくらいですかね。前座時代、自分なりに「太鼓を覚えなきゃ!」と思って頑張っていたんですが、ある日師匠から「そんなに太鼓頑張らなくていいよ。落語家になったんだから、もっと落語を頑張りな」と言われまして。もちろん「はい!」とは答えたんですが、もし私が太鼓を叩けないとなると私自身も恥ずかしいですし、師匠も恥をかくことになってしまいます。だから、前座の時は太鼓の稽古も一生懸命にやりました。下の二人(弟弟子※)にも「太鼓をしっかり叩けると、仕事に呼ばれても困らないし、そういう不安がない分、高座にも集中できるよ」とは教えています。

 

※ 弟弟子:立川笑坊(しょうぼう)と、立川笑ん(しょーん)。ともに前座。

 

― 太鼓の稽古ってどうやるんですか?

 

公園に、布団とばちを持って行って、叩いていました。

 

― 落語については、どうですか?

 

落語は基本、下の者が上の方に(弟弟子なら、師匠や兄弟子に)お願いしにくる(アドバイスを請いに来る)ことだと思っていますから。自分からは何も言いません。そういうスタンスです。「兄さん、ここで困ってるんですけど、どうしたらいいでしょうか」とか言って来たら教えます。自分も上の方に対してそうですが、下の者は上の方に率先して聞きに行かないと、と思っています。黙って待っていても、誰も何も教えてくれませんから。

 

― 笑二さんは誰に質問を?

 

私は吉笑兄さんにいろいろ相談していました。「この落語って、何がテーマだと思います?」とか、「この噺の、この部分、こうしようと思うんですけど、どう思います?」とか。吉笑兄さんはリアクション薄いんですけど、一方的に私が質問攻めにしていましたね。

 

― 吉笑さんとはたいへん仲が良いように思います。一時期、同居生活もしていましたよね。

 

はい。2013~2015年まで一緒に暮らしていました。アパートの契約が2年なので2年間一緒に住んでみようかと。ネタにもなるしいいかもね。と。今は別々ですが、ちょくちょく飲みにはいきます。今、師匠と吉笑兄さんとともに、リレー形式でコラムを連載(※)させていただいているんですが、それも楽しいんです。まくら投げ企画と呼んでいます。

 

吉笑兄さんが異例の大出世(入門して1年半で二つ目昇進)をしたことで、私の道を開いてくれました。前代未聞の前例を作ってくれたので(これまでの慣習と戦ってくれた。抵抗にあったが切り拓いてくれたので)私は楽にできました。開拓者の厳しい風は、みんな吉笑兄さんが受け止めてくれて。なので、兄さんにはとても感謝しています。

 

※ コラム:NIKKEI STYLE(日本経済新聞の無料情報サイト)の連載『立川談笑、らくご「虎の穴」』。

 


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。笑二さんの声、そして本音。

立川笑二 独占インタビュー(1) 

 

立川笑二 独占インタビュー(3)

立川笑二 独占インタビュー(4)

立川笑二 独占インタビュー(5)

立川笑二 独占インタビュー(6)

 

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