三遊亭わん丈 独占インタビュー(1)

のっけから圧倒。軽妙。洒脱。淀みない。

インタビュー当日。某駅の某喫茶店でわん丈さんと待ち合わせ。本当は別の店で約束をしていたのですが、インタビューするには余りにも混雑し過ぎているので土壇場で急遽、お店を変更したのでした。現れたわん丈さんは開口一番。

 

「実は今日、このお店、3回目なんですよ(笑)」

 

(なんですとー!)

 

早朝寄席に出て、終わってここに来て、それが一度目。(次の出番まで)つないで、寄席に出て、さらくち(※)でしたので、その出番が終わって、うちの師匠(円丈師匠)がトリ(※)で高座に上がるまでの間、ここに来て、それが二度目。で、師匠の出番に合わせて戻って終わって今、三度目の来店です。そろそろ店員さんが『お帰りなさいませ!』って言ってくるんじゃないかと楽しみにしてるんですが(笑)」

 

軽妙だ。洒脱だ。淀みない。取材係の役得だが、まるで至近距離でマクラ(※)を聞いている気分に包まれる。

 

と、ここで、わん丈さんのオーダーを取りに来た店員さんが去り際、片づけてきた他のコーヒーをお盆の中にこぼしてしまう。店員さんに「大丈夫ですか」と言ったかと思うと、こちらに向かって、わん丈さん。

 

「ご存知ですか。元々の・本来のカップ&ソーサー、一組のちゃんとしたカップ&ソーサーは、カップの容量とお皿の容量が同じで作られているんですって。だから、こぼしても、ちゃんと下のお皿(ソーサー)の中で納まるんですって」

 

― へー!へー!へー!(一気に加速を付けて暖まる取材陣と、周辺の空気)

 

なんでしょうか。この感じ。噺家=芸能人と捉えているくがらく取材班。これまでお話を伺ってきた方々、みなさんがその人なりの“芸能を生業とする人だけが持つ空気”を纏っていらっしゃいました。そしてまた、“わん丈エアー”は、また他の誰とも違う空気。しかも、なんでしょう。空気ではなく“エアー”。わかっていただけますでしょうか。空気ではなく“エアー”。カタカナな雰囲気。

 

そんな“エアー”に包まれながら、取材スタートです。

 

※ さらくち:開口一番(主に前座さん)の次に高座に上がる芸人さんのこと。

※ トリ:興行の最後に出る芸人。語源は「取り」。最後の演者がギャラをまとめて受け取り、出演する芸人達に分配していた過去から生まれた言葉。 現在ではギャラの受け取りに関係なく、最後の演者をいいます。

※ マクラ:噺の本筋に入る前にやる短い話・導入部。お客さんが本編に入りやすい状態にほぐす役割を果たします。落語の頭の部分につくので「枕」。

 

「お前の新作に出てくる口やかましいおじさんは、全部、師匠そっくりだな」

― ネットの中にはわん丈さんのインタビュー記事がたくさんあります。今の二つ目さんの中で、これほどまでに、たくさんのインタビューを受けていらっしゃる人っているでしょうか。事実、今日は、何を質問しようかと悩んでおりまして。まずは…

 

― 中学生くらいから、漠然と「人前に出る仕事」をしたいという願望があって、大学進学で九州に行って、そこでバンドのボーカルをしはじめて、お客さんをもっと取り込もうと、MCで喋りまくっていて、それが上手なためにいつの間にかイベントの司会などを仕事にするほどになっていて、東京でタレントになろうと思って上京したのだけれどもその話が保留になってしまい、そのまま帰るのももったいないと思って池袋演芸場で初めて落語を観た。すると出演者がみんな太っているので「この人たち、食えてるんだな」と思い、落語家になりたいと考え、寄席通いをし、末広亭で師匠・円丈が出てきた瞬間すぐにビリッときて日本橋亭で弟子入り志願に行き、すぐに取ってもらえた。 と言う簡潔明瞭な「これまで」が、ネットに載っています。他の落語家さんには無い、わかりやすさで、驚いています。

 

ありがとうございます(笑)。

 

― たくさんのお弟子さんの中で、わん丈さんは円丈師匠に、特にかわいがられている感じを受けますが。

 

そんなことないと思いますよ。うちの師匠(※)は弟子全員をかわいいと思っていると思います。その中でも僕から見たら、師匠が一番かわいいと思っているのは、らん丈、白鳥、丈二の兄さん方(※)じゃないですかね。

 

この3人の兄弟子と、その下とでは師匠の育て方が違うんですよね。今以上にスパルタに育てられている。今でこそ弟子が10人もいますけど、師匠も初の弟子、初期の弟子の頃は気合が違いますよね。今以上にノリにノッテいる時期でもあったわけですし。師匠と弟子とで青春だ!じゃないですけど。「俺も初めての師匠(としての役割)を頑張るから、お前らも弟子として頑張れよ」みたいな。その分、(初期の弟子の方が)余計にかわいいんじゃないかと勝手に思っています。共有していた時間も今以上に濃密だったでしょうし。少し羨ましくもありますね。ま、でも、今それを言っても始まらないので。ただ、兄さんたちに直接言われたことはないですが、回り回って、「あの頃に比べて、今(の円丈師匠)は丸くなった感じがする」といったような感想を聞くことはあります。

 

僕が師匠を選んだ理由の一つには「兄弟弟子がみんな面白い」というのがあるんですね。師匠だけじゃなく、兄弟弟子からも芸が盗めるかなとも思いましたし。(芸に)厳しい一門ですので、芸は間接的に磨かれていきますね。そりゃ、面白くなるわなという。

 

僕は生まれも育ちも関西ですから関西の面白いおじさんはいっぱい知ってます。でも、関東の面白いおじさんは、上京するまで知りませんでした。初めて知った面白いおじさんが、寄席で見た落語家の師匠たち。その中の筆頭が、今の師匠の円丈です。ですから良く言われます。「お前の新作に出てくる口やかましいおじさんは、全部、師匠そっくりだな」って。

 

三遊亭円丈(さんゆうていえんじょう):昭和の落語界を代表する名人の一人と称される6代目三遊亭圓生の弟子であると同時に、奇想天外な世界観の新作落語(「実験落語」とも評される)を数多く生み出し、現在の新作落語の使い手、トップランナーたち(例えば春風亭昇太師・柳家喬太郎師ら)に多大な影響を与えた不世出、唯一無二の噺家。

三遊亭らん丈(らんじょう):一番弟子。東京都町田市出身の落語家で、現在、町田市議会議員。

三遊亭白鳥(はくちょう):円丈師匠の異能なDNAを最も色濃く継承している二番弟子。春風亭昇太を始めとする「SWA(創作話芸アソシエーション)」の一員(当時)。常識に囚われない破天荒な新作落語で落語界を牽引する稀代のストーリーテラー。

三遊亭丈二(じょうじ):三番弟子。資格マニアで、「円丈一門の中で珍しく美系」(師匠のホームページより)。

 

「『さぁ入門したぞ。俺に地位を!金を!』みたいな(笑)」

― 先ほどの簡潔明瞭なプロフィールもそうですし、きれいなホームページなど、そつがない。セルフプロデュース力が半端ないという印象を受けます。

 

20歳から約7年間、福岡県内を中心にバンドのヴォーカルとして活動してました。そのバンド時代は何から何まで一人でやっていました。自分で営業をやって、ラジオ局とも繋いで、自分でスポンサー見つけてきて、キューシート(※)を自分で書いて、挿入曲も音楽プロデューサーと相談しながら自分で作って、卓(※)をいじりながら、やっていました。

 

※ キューシート:テレビやラジオの番組を予定どおり進行させるために、放送順序・時間・形式・方法などが秒単位で詳細に記載されている番組進行表

※ 卓:ミキサー(調整卓)のこと。DJの声、CDの音楽、各種テーマ曲、効果音など、ラジオ番組に流れるたくさんの「音」を調整するスイッチがたくさん並んだ操作機械のこと。

 

― すごいですよね。スーパーマン。ワンマンアーミー!

 

でも、結局ダメだったわけですよ。目が出なかったわけですから。いくらマルチに動けても、肝心の音楽の、ミュージシャンとしての才能が僕にはなかった。

 

で、そんなこんなで(上記参照)師匠に入門したところ、「(君は)目がギラギラし過ぎてる、するな」と。その頃の僕は一人で何でもできたミュージシャン時代からの流れでイケイケ。「さあ、入門したぞ。俺に地位を!金を!」みたいな状態でしたからね(笑)。師匠に速攻で釘を刺されたというわけです。わん丈と言う名前をいただく前に釘を刺されていますから。「落語に君みたいなギラギラした人は出てきません。君はぼんやりしない」と何度も何度も言われました。

 

てっきり僕は入門してきた弟子全員に「君はぼんやりしろーぼんやりしろー」って言ってるものだとばかり思っていました。ところが、そうじゃなかった。僕だけだった。そんな指導を受けていたのは(笑)。おかげで、だいぶ落語家らしい顔つきになってきたと思っていますし、だいぶぼんやりできるようになってきました。

 

― 一般の人たち、会社員、普通の勤め人とは真逆ですね。私たちは「ぼんやりするな!ちゃんと仕事しろ」って言われるわけですから。ぼんやりするためにとった当時の対策を教えてください。「(敢えて)ぼんやりする」ためにとった行動・やめた行動など

 

まず、滅茶苦茶たくさん稽古しました。それで高座をしっかり務めて、主催者の方には何が何でも「またよろしくお願いします」と絶対に言わないという。営業しない(※)という意味で、です。

 

師匠から「落語家っていうのは呼ばれて現場に行き、高座に上がってお客様に感動してもらう。良い芸をしていれば、それを見てくれてる人がいて、会を開いてくれる。その人に恥をかかさないように良い芸をする。これが芸人の仕事なんだ」(※)と教わりました。

 

とにかく、自分から売っていくのではなく、自分の芸でお客さんや主催の方々を引き寄せよう、とそればっかり思ってやっていました。稽古は陰の作業で、誰かに見せるものではありません。だけども、その(稽古した)結果は誰かが見てくれている。高座を通して稽古(量)は透けて見えるものだと思っていますから、感じてもらえると言いますか。

 

ですから、この世界に入ってからセルフプロデュースは一切してません。師匠の教えに従って、自ら営業はしてませんし、一生懸命高座を務め、その結果、周りの人のアドバイス、手助けでここまで来ただけです。正確には、セルフプロデュースしないのが僕のセルフプロデュースってことになるかも知れません。

 

※ 「自ら営業するな(売り込むな)」は円丈師匠の教えの一つ。稽古をして待つのが落語家の仕事のスタイルであり、高座をしっかり務めて、仕事のオファーがたくさん舞い込む落語家であれ、というもの。

※ 「落語家っていうのは~仕事なんだ」の部分は、『築コレ~オツな若ぇの生け捕ってきやした96 三遊亭わん丈』より https://note.mu/tokyokawaraban/n/ncd20be147674

 

だから前座の頃は可愛くなかったでしょうね。最初の頃は僕、本当に脇の仕事(寄席以外の落語会などのお仕事)がなかったですもん。今でも全員言えますよ。その頃、僕を脇(※)で使ってくださった主催者の方、先輩、師匠の方たち。円丈一門の兄さん方以外では、アクティオ(※)の野際さん。あとは特に、白酒師匠(※)。本当に沢山使っていただきました。お世話になりました。だから、はまぐり(※)が白酒師匠の弟子に入ったときは、ちょっとしたショックでした。「あー、これで俺に仕事来なくなるなぁ」って思って(苦笑)。

 

※ 脇(わき):脇の仕事。寄席以外の仕事のこと。

※ アクティオ:アクティオ株式会社。成城ホールなどの指定管理者。

桃月庵白酒(とうげつあんはくしゅ):喬太郎師・一之輔師らと並ぶチケット入手困難系の代表的大人気噺家。愛嬌あるルックスと、それと対をなす毒気を含んだ卓越した話術が人々を虜に。

桃月庵はまぐり:白酒師匠のお弟子さん。2018(平成30)年3月21日二ツ目に昇進「こはく」と改名。