三遊亭わん丈 独占インタビュー(4)

未来の古典(落語)になりそうな新作落語『國隠し』

― 円丈師匠に触発されたとき、当時は新作と古典の見分けがつかなかったとも仰っています。わん丈さんの中での新作・古典の比率と言うか、どちらに力を置きたいというか、ありますか。また、どんな時に新作落語を作ろうと思うのですか?

 

古典落語をやっていて、「ん?こういう(噺の)古典落語ってないな」と感じたときしか新作を作っていません。主催者の方に新作をリクエストされたら別ですが、現時点では古典をメインに頑張りたいと思っています。

 

僕の新作に『國隠し(※)』というのがあります。先日、聞いていただいた、あのネタです。あの噺は、ものすごく古典落語を意識してつくった新作落語なんです。古典の「祇園祭(祇園会※)」というのがあります。京都の芸者と江戸ッ子がやりあう噺ですが、この噺とも違うんです。属国理論と言いますか、東京に対して埼玉が抱える気後れ・劣等感、京都に対して滋賀が抱える気後れ・劣等感みたいな心理を面白さに変えてネタにしています。

 

それと『國隠し』では、子どもが両親の間に挟まれて精神的に右往左往するのですが、2人の間に板挟みになった人というと、古典で言うと「お見立て」「井戸の茶碗」などのパターンですよね。「権助提灯(※」」だってそう。実はこれ、噺が面白くなる(古典の)黄金パターンなんですよ。2人の間の確執や騒動を笑う、それに巻き込まれた困った人を笑うという。これを僕は現代の噺で、新作で表現しました。

 

※ 國隠し:わん丈さんの鉄板新作落語。次の夏休み、子どもを連れてどっちの実家へ帰るかを巡って、丁々発止やりあう夫婦の物語。滋賀県出身なのに京都出身と言い張る旦那さんと、埼玉出身なのに東京出身と言い張る奥さんがそれぞれ…。

※ 祇園祭:祇園会(ぎおんえ)。友達三人と、京都見物に来た江戸っ子の熊五郎。源兵衛という京男とお国の自慢合戦から口喧嘩になり…。

※ お見立て:喜瀬川花魁にぞっこんの杢兵衛(もくべえ)大尽と、それを嫌がる喜瀬川花魁との間で板挟みとなり右往左往させられる噺。

※ 井戸の茶碗:くず屋の正直清兵衛さんが、千代田卜斎(ちよだぼくさい)と名乗る人品卑しからぬ浪人と、若侍~高木佐久左衛門(たかぎさくざえもん)、或いは高木佐太夫(たかぎさだゆう)との間で板挟みとなり右往左往させられる噺。

※ 権助提灯(ごんすけぢょうちん):ある夜、別宅(囲ってある若い女性のところ)に向かおうとする旦那とお供の権助の話。女同士のプライドに挟まれて、本宅と別宅との間を何度も右往左往させられる羽目になり…。「悋気の独楽」にも似た部分が…。

 

― だからですね。これで合点が行きました。初めて聞いたとき『國隠し』は、未来の古典になる噺だなと思ったんです。ネーミングからして、漢字の使い方(国じゃなくて國)からして、将来に渡ってかけ続けたい、“武器(となるオリジナルのネタ)”として残したい、という気持ちを垣間見ました。現代の噺なのに、なぜか馴染むというか、しっくりきますし。それにきっと他の落語家さんもやりたがると思いました。(他の落語家さんに)「教えてくれ」と言われる新作落語だろうなという感じがしました。

 

ありがとうございます。そうなんです。応用が聞く噺でもあるので。滋賀と埼玉という設定は、臨機応変に他の県、都市に変えることもできますから。いつか、そうなるといいなとは思います。また、その可能性がある新作だと思っています。

 

驚くべき、論理的な創作手法。換骨奪胎の妙。「従来の古典落語を分解して、新作落語に」

― いろいろな試行錯誤の上、『國隠し』が誕生したのですか?

 

いや、これ、まったく逆なんです(笑)。『國隠し』って、僕がつくった三番目くらいの作品なんです。見習い時代の新作なんです。「円丈らくご塾(※)」などで掛けていたネタの方が新しいんですよ(笑)

 

円丈らくご塾:世田谷区の松一会館(最寄駅:明大前駅)で不定期開催されていた前座、二つ目の噺家さんの新作落語道場みたいな落語界。打ち上げ付き。

 

― ええーー!!!!

 

なんだか僕らしいと言いますか(笑)、最近ホール落語や、初めてのお客さんお前で演ってる新作ネタは、ほとんど見習い時代の作品なんですよね。

 

例えば『プロポーズ(※)』という僕の新作。これも見習い時代の新作なんですが、これって丸々、古典でいうところの「子ほめ(※)」なんです。

 

― どういう意味ですか?

 

前座時代、僕、「子ほめ」を分解したんです。一言一句書きだして、ギャグの数、振り(※)の数を数えて、ロジカルに分解、分析しました。前座噺として脈々と受け継がれる。上手な師匠たちがやると、いまだにおかしい、面白い、笑える「子ほめ」、それってなぜだろう?未だに面白い理由は何だろう?知りたい!てなって分解作業。

 

※ 子ほめ:人にただ酒を飲ましてもらうには、嘘でもいいからお世辞の一つも言えなけりゃあいけないよと教えられ、それなら!と、友達の子どもを褒めてみるのだが…。前座噺として扱われる。

※ 振り:ボケ・オチを誘引する一定のフレーズや動きのこと。前振り。因みに落語の「マクラ(噺の本筋に入る前にやる短い話・導入部。お客さんが本編に入りやすい状態にほぐす役割を持つ)」は“振る”と言います。○マクラを振る ×マクラを話す

 

― わん丈さんみたいに、古典を一度分解して~っていうのは聞いたことがないですね

 

それは僕に才能がないからですよ。そうするしか、そうやって身に着けるしかなかったからですよ。落語を。

 

― それで、分解・分析した後は? 

 

で、ロジカルに当てはめて作った新作が『プロポーズ』です。感性じゃなく理論で作り上げた新作です。今は少し手を入れたのですが、尺も「子ほめ」と同じ。ギャグの数、振りの数も同じです。でもこうなると、もう改作ではないですよね。骨組みだけいただいた新作ってことかと思います。

 

「子ほめ」を習って『プロポーズ』をつくり、同じように、「桃太郎(※)」を習って『國隠し』を作ったんです。この段階で僕はいったん、このスタイルでの新作づくりを止めました。このスタイルは掴んだ!って感じたからです。ですから、次に行って見よう!となりました。そこから同じ新作でも、際どいネタ、かっとんだネタを考えてやるようになってました。あの頃は。

 

※ 桃太郎:息子が眠れないというので、昔話の『桃太郎』を話して寝かしつけようとする父親。しかし、息子はいちいち理屈っぽく反論してきて…。

※ 『プロポーズ』:28歳の青年が、60歳差の88歳のおばあちゃんにプロポーズするという奇想天外な落語らしい噺。

 

― 以前、お聞きした新作「自殺屋さん」は強烈でした。粗削りでアバンギャルドで実験性に富んでしました。さすがは円丈一門だと思いました。同じく、円丈らくご塾での「ごりら穴」も同様です。あのような挑戦的な作品よりも、『國隠し』がだいぶ初期の作品だと聞いてびっくりしています。

 

『自殺屋さん(※)』というキワキワの新作。あれはうちの師匠が凄く褒めてくれました。最後の方で、帯をほどいて“ある仕草”をするんですが、それを見た師匠が「自分の帯をほどいて、こんな風に高座で表現したのは見たことがない!」って(笑)。喬太郎師匠と彦いち師匠がいる打ち上げで「喬太郎くん、彦いちくん。SWA(※)で、自分の帯をほどいて高座で使った奴いる?いないでしょ?こいつがそれをやったんだよ!」って興奮気味に(笑)、自分のことのように自慢してくれまして。うれしかったですね。あそこまで褒められたのは、そんときだけです。あれ以来、ないですもん。

 

― 『ごりら穴』は?

 

僕は「できないでしょ?」と言われたり、「できないこと」があることが大嫌いなんです。なんでもしたいし、できたい。できないことを、できないままにしておけない性格。

 

ある落語会でお客様に「わん丈さんの落語は爽やか過ぎる、もっと崩した方がいい」みたいなことを言われましてて、かちーーん!と来て(笑)。だったら、あなたが聞くに堪えないキワキワの落語を演ってやる!「わん丈さんの下ネタは聞きたくない!」って言わせてやる!みたいな気持ちが湧いてきて、それで作った噺です。

 

個人的には下ネタは大嫌いなのですが、敢えて自分の殻を破りたかったですし、足枷を外したかったんです。噺の筋もいいし、サゲも面白いし、よくできている方の噺だと思うんですけどね。表現がストレートすぎましたかね(苦笑)。あれ以来、かけてないんじゃないでしょうか。

 

「できないんじゃない。できるんですけど、やらないだけです」と全部のことに言いたい男なんです。だから古典落語も新作も、漫談も、3分落語もみんなやってみるんです。多分、プライド高いのかも知れませんね。いや、多分じゃないですね。プライド高いです僕(笑)。今、嫁が聞いていたら「何が多分よ!」って突っ込まれると思います。プライド高いです僕(笑)。

 

SWA:創作話芸アソシエーションの頭文字からSWA。春風亭昇太・柳家喬太郎・三遊亭白鳥・林家彦いちによるユニット。今人気の「成金」以上に、当時はエポックメイキングな活動で話題をさらった。

※ 『自殺屋さん』:わん丈さんの挑戦的意欲作。帯をほどいて、どうするかは、実際の高座を見てのお楽しみ。

※ 『ごりら穴』:名前は似ているが「ねずみ穴」とは大違いの艶笑噺。下ネタ嫌いのわん丈さんが敢えて挑んだ、最大の挑戦的意欲作。下ネタ過ぎてお蔵入りした幻の新作。