柳家小太郎 独占インタビュー(3)

「『ようやく一回洗濯した』って感じですかね。」

― 2年前以上に脂が乗っていると、傍から見て思うのですが、ご自身ではいかがですか。高座での手ごたえと言うか、お客様の反応、ネタの操り具合といいますか。

 

ありがとうございます。そう思っていただけるのが何よりです。そう言われると、ネタを増やす速度は意識的に遅くしているところはあります。昔はただネタ数を増やそう増やそうと思っていましたけど、最近は昔覚えたネタの掘り起こし作業に時間を費やしてたりしますね。タンスの奥で寝てたネタを引っ張り出してきて、アレンジしたりとか、割とリラックスした感じで稽古することも増えてきました。

 

― ネタを深堀りしているという感覚ですか?

 

「ようやく一回洗濯した」って感じですかね。買ったばかりで折り目がバッチリついてたシャツを何回か着て洗濯機に入れっぱなしだった。それをようやく洗って乾かしていままた着出した。ようやく自分ちの匂いがしてきた。そんな感覚です。でも、まだまだです。

 

「ネタは子猫のよう。信頼関係ができたり、こじれたり。」

― いま、小太郎さんが感じる「ようやく自分ちの匂いがしてきた」と感じるネタは?

 

いや、なかなかないですよ。ジャストフィットしてきたなと思うとスコーんと抜けたり。

 

― 抜けると言うと?

 

ネタに突き放されるって感覚です。なんて言ったらいいんでしょう。気まぐれな猫のように(笑)。可愛がってて、いいぞいいぞと思っていたら、急にどっか行ってしまったみたいな。そうなるとこっちとしては「こりゃ、しばらく手は出せねえな」って思ったりとか。

 

― そうならないようにするためには?

 

定期的に可愛がる(高座にかけ続ける)しかないんじゃないかと思います。

 

― ネタに突き放されるって感覚は?

 

やっていくうちにネタに対する信頼感が芽生えてくるんですね。例えば結構我慢しても必ずここで取り返せるって噺があるわけです。前半、恐ろしくウケない・客席の反応が薄い。でも、我慢に我慢を重ねて後半のあるところまでくればドカン!と笑いが起きる。だからここはシーンとしていても平気!むしろ、そのポイントを際立たせるためにも、いまは静かに淡々としている方が好都合、みたいなのがある。そうなると自分とネタの間に信頼関係が生まれてくる。

 

ネタおろしのときなどは、それが怖い。「あれ、全然波が来ない全然ない全然ない全然ない」ってドキドキしながら喋ってる。でも、フィットしてくると、その時間も安心して落ち着いて喋っていられる。

 

ところが、「さぁ、お待たせしました!ここです!笑いのポイントです。どうぞ、笑ってください!」ってとこで、スコーんと抜けたりする。引っかからない。

 

その日のお客さんとあわなかったとか、自分が狙い過ぎてたりとか、原因はいろいろ考えられると思うんで、(信頼が壊れないうちに)元に戻るケースもあるし、「何でだろう?何でだろう?」って考え始めて、どうすればいいのかわかんなくなっちゃって、最終的にネタとの信頼関係がこじれたりするってケースもあるんです。こんなに具体的に言うこともないんでしょうけど(笑)

 

― いやいや、大変ありがたいです。こういう落語家さんの心境を知ることができて。

 

うちの師匠が昔言っていたんですけど。「野ざらし(※)」がおもしろいと評判になって、よくやってた時期があるんですって。いろんな方に褒めていただいたりして。ところがある日、ふと竿の長さが気になったそうなんです。

 

それまではスチャラカチャン♪って釣竿に見立てた扇子を振ってるだけだったのに、ある日、ふと「竿の長さ」を考えたんですって。「ここからこうなって、このくらいの長さで…」って。そうしたら途端にウケなくなったんですって。だからって考えるのがいけないてんじゃなく、ある日急に付き合い方が変わるとか、そういうのってあるんですよ。

 

― (不思議と言う意味で)おもしろいですね。落語家さんにしかわからない不思議な感覚。

 

おもしろいですよね。演じている側としてもおもしろいですよ。そういうのって。不思議です。ネタは同じでも、100%同じお客さんの前で演るってことはないわけで、だから毎回毎回違っておもしろいですよ落語って。

 

※ 野ざらし:美女の幽霊に会いたいと、釣りに出かけた八五郎。ところが、一人で妄想を暴走させていき…。

 

― 自分のようなすれっからしなファンから言わせていただくと、このような落語家さん側の心境を知ると、同じ噺を何度聞いても楽しめますし、仮にいつもウケてるところがウケてなくても、「どこが違ったのかな?」とか「今日のお客さんたちとは合わなかったのかな」とか深読みできますしね。それはそれで落語の楽しみ方、すれっからしな楽しみ方だと思います。

 

自分もすれっからしなので、その気持ちはよくわかります(笑)。そういう好意的なすれっからしさんたちは好きですよ(笑)。ただ、すれっからしの方向けに落語をしてたら、落語が初めての人は付いて来れない。逆に初めての人が笑ってると、すれっからしさんたちも楽しめる。だから、落語は基本的に初めての人でも楽しめるようにやらなきゃいけないなと思います。また、それが一番難易度が高いことですしね。

 

「ここに来て落語の基礎がようやくできてきたかなと思っています。」

― いま楽しい、自分の中での旬ネタは?

 

それこそ、ちょっと前までなら「ベン・E・マックス」ってこと答えたいところなんですが。いまだと「一眼国(いちがんこく※)」ですかね。

 

― 新作創作意欲がこれまでになく盛り上がってきている印象を受けますが。

 

新作派の方たちに対する敬意とか憧れはもとから持っているんです。新作を創ってる人たちの勇気と発想はものすごいですしね。

 

ただ、一方で「作れば作るほどつまんない。自分には全然向いていない」と諦めてた時期もあり。で、やっぱり落語の基礎がない(過去のインタビューで、ここに詳しく触れています)ので自分には。そんな中、ここに来てネタ数だけは増えてきたので、そこを基礎にすれば、いろんなことができるんじゃないか、(新作落語を)作ってみようかなと。今年はそんな自分ルールでやってみようと思っているところです。

 

※ 一眼国(いちがんこく):新しいネタを探している見世物小屋の主が、全国を歩いている男から「広い野原の真ん中の大きな榎木の近くで一つ目を見たことがある」と聞いた。そこで・・・。

 

― 2019年は小太郎さんの新作落語がたくさん聴ける年と言うことに?

 

いや、決してそういうことじゃありません。今までになく作りたいとは思っていますが、そんなに甘いもんじゃないですよ、新作って。高座にかけても大丈夫なレベルのネタができるかどうかは約束できません。

 

高座に上がる前に「今日はなにをやろうかな」って考えるわけですが、そんとき、新作派の人って古典(のネタ)と自分で作った新作(のネタ)が選択肢に挙がるんですよ。これはすごいことですよ。私からしてみたら、これは結構な勇気が必要なことです。覚悟がなければできないことです。憧れますね。

 

― 「改作」という方向性は?

 

どこからどこまでが改作なのかはグレーゾーンですよね。はっきりとはわからない。自分で腑に落ちないから変えてやってみる、こっちのほうがいいから変えてみるって人が多いと思うんですが、改作と工夫の差はよくわからないです。

 

― そういえば先日の黒門亭では「四人癖(※)」をやってらっしゃいましたね。

 

上方の師匠に教わったネタです。小学生をどっかんどっかんと笑わせてて。ぜひ教わりたいと。ちなみにうちの協会にも「四人癖」は伝わっているんですが、どちらかというと地味な感じなんですね。ところが上方のは大笑い。でもこれも難しいですね。やっぱり、そのネタもその師匠にジャストヒットしている。自分がその師匠の真似をしても無理が生まれちゃうんですよね。いずれは、そこをクリアしたい。まずは、その形でやってみて、徐々に自分にフィットするように(ネタを)履き潰すというか、着こなすというかしていけたらいいなと思います。それにしても(四人癖は)演ってて楽しいっすね。宝物を頂戴した気分です。

 

※ 四人癖(よにんぐせ):それぞれ異なる癖を持つ4人が集まった。そこで4人は・・・。

 


チラシ掲載の文章は、インタビュー記録からの抜粋です。全文は、ここでしか読めません。ぜひ、読んで感じて知ってください。小太郎さんの素顔、そして本音。

 

柳家小太郎 独占インタビュー(1)

柳家小太郎 独占インタビュー(2)

 

柳家小太郎 独占インタビュー(4)

プレゼントあり!「くがらクイズ」 小太郎篇